日常と虚構のワルツ

嘘時々ホント

過去に一度だけ

不思議な電車に乗ったことがある。
今日はその時のことを話そうとおもう。


僕は都内にある某web会社にて社畜をしている。
webのお仕事はとても楽しくて、いつも気がついたら終電まで仕事をしているのだ。
そう、それは僕が自分自身の意思で選んだことなのだ。これはもう、そうなのである。

「ああ、今日も疲れた。いつになったら悠久の向こう側、極楽浄土に行けるのだろう。人はなぜ罪を繰り返し続ける。なぜ殺しあう」

一日の仕事を終えることなく清々しい気分で僕が残業していると、ふと時計が深夜一時を回っていることに気がついた。

終電を乗り逃している。
瞬間、それがわかった。

「そんなわけないじゃないか、これだけ働いてまだ帰れないとか普通じゃないよねえ母さん嘘だって言っておくれよ母さんあはあはは」

僕は至極冷静にそう言うと、おもむろにタイムカードを切った。
まだ終電があるかもしれない。
冷静な頭で、実に冷静にそう思ったのだ。

 

駅に到着した僕は、改札を抜けて駅のホームに立った。
不思議な事に、改札に駅員の姿はなく、まだ終電が終わっているのに改札は正常に定期を読み込んだ。
誰もいない、静寂に包まれた駅のホームに、僕だけが立っている。

今何時だろうかと携帯を見ると、時計がぐちゃぐちゃに文字化けしていた。故障だろうか、と首を傾げていると、プァンと聞き慣れた音がして電車がやってきた。
なんだ、終電、あるんじゃない。

少しだけ心の中で驚いていた。何故なら内心、僕は終電がとうに終わっていた事に気づいていたからだ。あるとは思っていなかった。でも帰りたかった。
おそらく願いが天に届いたのだろうと思った。年末年始だから特別ダイヤで運行していたのかもしれない。実に運が良い。

何も考えずに電車に乗り、席に座った。
不思議な事にその車両には僕しか乗客がいなかった。
よくよく見ると、どうやらこの電車全域に渡って自分以外誰も乗っていないようだった。

「奇跡だな」
特に疑問に思うこともなく僕は呟いた。
これだけ広々としているにも関わらず、車両の一番端の席に身を縮めて座っていた。社会性って大事だよね。

電車に揺られながら天井付近のチラシに目をやると、誰も白紙だった。斬新なチラシだ。

そうこうしているうちに、だんだんと眠たくなってきた。よくよく考えると、走行距離の割にちっとも駅に着かないわけだが、そんなことはどうでもよかった。

「母さん、俺は、もう忘れちまった。腐った、お前と、恋に、落ちた」

うつらうつらとしながら大人気バンドであるロストエイジの「手紙」を口ずさんでいると、そのうちに僕の意識は落ちた。


次に目覚めた時、世界は朝になっていた。
僕は自室の布団の中に眠っていて、カーテンの隙間から朝日が差し込んできていた。
ちゃんと寝間着に着替えていて、歯も磨いていた。ついでに糸ようじもちゃんとかけていた。

完璧だ。
完璧な状態で僕は帰宅して眠っていた。

僕は感動した。
最近の終電はすごいのだな、と思った。
それだけ。