日常と虚構のワルツ

嘘時々ホント

田舎の祖母

が死んだ。

90歳を越えていただろうか。

大往生だと思う。

 

特に何か感慨とか、悲しみとかあるわけじゃなかった。

あぁ……亡くなったんだ、とかそのくらいの気持ちだった。

冷たいかもしれないが、歳も歳だったし、僕は一人暮らしして6、7年経つ。

看取りに入っていたこともあり、ある程度覚悟もしていたし、それなりに疎遠になってもいた。

僕の中で、祖母の存在は希薄なものになっていたのかもしれない。

 

 

祖母とは僕が高校生くらいの頃から同居していた。

ドクターワイリーと酷似した髪型をしており、顔も少しドクターワイリーの面影があった。

ドクターワイリーとはカプコンから出ているゲーム「ロックマン」シリーズの敵キャラである。

髪型と眉が特徴的な男である。

そんな男と祖母は似ていた。

外見だけ。

 

 

子供の頃帽子屋さんを手伝っていた祖母は、大人になって帽子屋を服屋に変え、経営者をしていた。

少女時代から工場勤務なども経験していたらしく、何かとお金の工面には大変苦労していた、というような話を100回くらい聞かされた記憶がある。

 

そんな祖母は僕が高校生くらいのころ、祖父が亡くなってから徐々にボケ始めた。

知り合いにお金を盗まれたとか、通販で大量にものを買ったりだとか、金銭関係のトラブルがよく起こった覚えがある。

そのうち、火を止め忘れて火事になりかけたりして、一人暮らしが困難と判断し、同居することになったのだ。

 

一緒に暮らしたのは7年くらいだろうか。

ただ、祖母との間には、それほど思い出があるわけじゃない。

その時もう祖母はボケてしまっていたし、僕が幼少期の頃も、別段どこかに行ったり遊んでもらったりという記憶はあまりなかった。

 

 

僕が祖母との思い出で唯一覚えていたのは、株の話である。

 

 

「坂ちゃん、あんたもう株は持ってるんか」

 

ある日祖母が突然そんな話をしてきたのだ。

その時僕はもう社会人だったのだが、株なんて持っていなかった。

 

「別に持ってないけど」

「そうか。それやったら、おばあちゃんの株一つ上げるさかい。おばあちゃんはたくさん株を持ってるからな。一つや二つやあらへんねんで」

 

祖母はそう言ったが、実はその数ヶ月前に、諸事情により母が売ってしまっていた。

祖母が持っている株は、一つを除いてすべて売り払っているはずだった。

もちろん本人に了承は取ったのだが、すでに忘れているらしい。

 

「いいよ、株なんていらないよ」

「何いってんのやアンタ。こういうのはな、黙ってもらっとけばええねん。おばあちゃんが持ってる株はな、一つや二つやあらへんねんで」

 

持ってる株は一つだ。

 

「僕に株はもったいないよ。おばあちゃんが持っておきなよ」

「何言うてるんや。ええからもらっとき。一つや二つやあらへんねんで」

 

一つだ。

 

 

そんな感じの祖母だったが、晩年はずっと施設に入りっぱなしになっていた。

それまでは父と母が面倒を見ていたのだが、いよいよ自分の身の回りのことがまともに出来なくなり、家庭での生活も困難になってしまったのだ。

 

三人の子供を育て、ひ孫にも恵まれた祖母は、晩年何を思っていたんだろう。

 

人の一生は儚いなと思った。

祖母が亡くなった状況はわからないが、恐らくは施設の方に見送られたのかもしれないし、家族が間に合ったのなら皆に見送られたのだとおもう。

 

僕は一体、どういう死に方をするんだろう。

家で酒を飲んで死ぬのかもしれないし、ストーブをつけっぱなしで寝てしまって燃え死ぬのかもしれない。

誰かに発見されればまだ良いかもしれないが、どこかで野垂れ死ぬ可能性だってある。

二十代の頃に比べ、色んなものが成熟するとともに、感性が死ぬのを感じていて、もう若くはないんだな、と漠然と感じる。

 

祖母の葬儀は今日行われる。

僕は残念ながら数日後に帰省するため、葬儀には間に合わないのだが。

家に帰ったらお線香をあげておこうと思う。