日常と虚構のワルツ

嘘時々ホント

夏が始まり

ますね。

 

6月の日記を書かない内にあっという間に7月ですかそうですか。

父親がアルツハイマーになってからというもの、頻繁に実家に帰るようにしているが、何とか元気そうで安心した。

トイレに生き忘れて膀胱が伸びたり便を医者に掻き出してもらったりしていたみたいだが、年取ると下の感覚というものも鈍るようである。

幸いにも今のところ自分の身の回りのことはできているので、母に任せても大丈夫そうではあって一安心。

親の心配もしないとダメではあるのだが、僕は僕で今後の人生について考えねばならんわけで。

 

改めて状況を整理してみようと思う。

 

現在、幸いにも会社を止めてから生活には困っていない。

今年くらいまではこのままもう少し作家業にトライしてみたい、というのが本音。

とは言え今年で僕は39歳。

早めに転職しないと年齢的にまずいよね、というのがある。

あとシンプルに会社員14年のキャリアが死ぬ。

 

元々は本業のデスマーチ具合と、副業でやってた作家業がアニメ化した関係で仕事が増えたので、人生に一度のチャンスをどうしても全力でトライしたかった、というのが個人的な独立の名目であり言い訳ではあった。

一応前職の会社の役員からも「夢にトライしても良いんじゃないか」と言われており、半年かけて役職や平社員の仕事を引き継ぎ、部内の体勢も整えて完全に円満退職しているから、就活の面接でも全然正当な理由として通せると思う。

とは言え、アニメ化して一年経つし、アニメをフックにしたスケールはしきったと思うので、そろそろ限界ではあるかな。

 

現在、仕事になりそうなのは合計二本。

 

一本は既に決まっており、先日原稿を提出したばかりである。

年内に発売できれば良さそう、というスケジュール感。

続きも描くことが決まっているので、早めに着手しておきたい。

8月・9月には取り組まないとまずいかな。

 

もう一本は一応企画の素案はOKが出て、あとは修正しつつ中身を決める段階。

とは言え、修正の方向性がうまく形にならなければ一からなので、そうなった場合は一旦新しく企画の提案をするのは停止しようかなと思っている。

 

あとは今書いているWeb小説が伸びたら出版目指しましょう、と編集さんと話している作品があるのだが、今月書いて連載してみて様子見、という感じだろうか。

そもそも僕がWebで伸びるような作品が全然書けていないので、結構厳しいんじゃないかなぁと思ってはいる。色々研究して頑張ってはみているが。

ここらへんはうまく適応できる作家さんが羨ましいなと思う。

 

目下の目標としては、これら3本の作品企画を8月中に終わらせること。

そこから成果次第で、9月以降の立ち回りは決めたい。

 

10月から就職活動かなと思っているけれど、元々5月から就活する予定だったからズルズル伸びている状態にはなってしまっている。

貯金と相談しつつ、削れる前に早めに就職は決めたい。

 

昨今ってライトノベル界はWebからの拾い上げが多い。

あとは時点で公募とかで、商業デビューしても公募で賞を狙うとかはザラだ。

昔は作家の企画書からの書き下ろし出版も多かったけど、現代ではかなり手が引かれているというか、あんまり出版社としては積極的にやりたがってないんじゃないかな、というのが個人的な印象。理由は単純明快で、売り込みが難しいからですな。

東野圭吾とか森見登美彦とかならいざ知らず、作家の名前で買わせるってかなり難しい。

ライトノベル作家の名前なんて覚えてる人の方が少数じゃない?

リゼロとか、このすばとか、無職転生とか、かなり有名どころじゃないと作家名で買ってもらうことは難しいんじゃないかな。

その分ラノベは、作品ごとの評価なので、一本当てるとかなりデカいとも言える。

一般文芸との差はここがデカい気がする。一般文芸って結構作家買いが多いので。

 

Webからの拾い上げって、一般の人から見たら出版社の手抜きだとか、粗雑に見えるかもしれないけど、意外と作家にも出版社にもメリットになると僕は思っている。

企画書からのゼロベースで立ち上げるってきつくて、何本も企画書作っても一円のお金にもならないのって結構メンタル的にも来る。

あと長編小説掛けるくらいのものを何本も立ち上げるのって本当に大変だ。それが全く使えないんだから、文字通り徒労に終わるわけだ。

原稿という実物があるだけで、作家は自分のキャリアとして一本作品を換算できるし、編集者側も修正の指示や作家の実力も具体的に見えてやりやすい。

 

また、Webで拾い上げということは、それなりに読者の反応も予測しやすい。

ここらへんがウケてんだなとか、こういう年齢層に人気なんだな、とかが可視化できるのは一つ強いと言える。企画書からの書き下ろしになると、どれだけ宣伝頑張ってもこれが一発勝負になりがちではある。

あとWeb連載できるってことは、カクヨムやなろうはPV数に応じた収益が作家に入るので、そっち方面の稼ぎも期待できるわけで。

作品の内容を多くの読者に公開するのでリスクはあるが、割とリターンもデカいと思う。何より作業が進んでいて自分の作品数も増えるので、精神衛生面でもこちらの方が良い。

 

んなわけで、話が逸れたが何が言いたいかと言うと、作家業というのはとにかく腰をどっしり据えて取り組む必要がある。

一、二年で成果だそうとするんじゃなくて、本業やりつつ副業としてコツコツ取り組むのが一番向いてる仕事だと思うんだよな。

消えやすい業種ではあるんだけど、その分カムバックもできる業種なので、最終的に長くコツコツ書き続けている人が生き残りやすい。

一冊だけ出版して音沙汰がなくても数年後にいきなり新作出版する可能性もあるわけで。

でも現実は、そうなる前に辞める人が大半だ。

 

作家は本業としては全然稼げないし、副業だと若干重い作業量ではある。

とは言えバイトより身体的負担は軽いし、副業としては稼げる部類だと思うけど。

何より売れればかなりスケールするのでそこに夢がある。

仕事も急に期限付きで重たい作業量投げられることも少なくないので、そこら辺で扱いに困って辞めてしまう人も多いんじゃないだろうか。

 

そんなわけで、今後僕が商業作家として生き残れるかは分からないのだが、少なくとも一、二年で成果を上げようとしないほうが良いのかは確実ではある。

だから現段階で来年、再来年の仕事が決まっていないのなら、さっさと就職して兼業スタイルに戻したいわけだ。

前職の会社は頼ったら働かせてもらえる可能性はゼロじゃないんだけど、戻ったが最後、今度こそ精神破壊されるまで働かされる可能性が高いので避けたい。

何の仕事しようかな、と求人をみながら探しているけど、あんまりキャリアを活かせる仕事に踏ん切りがつかなくて困っているというのが現状。

 

うーん。

とりあえず9月まで原稿頑張ろう。

父親の話

父がアルツハイマーになった。

帰省したときにラジカセをプリンターと誤認してたからだいぶヤバいなと感じてはいたが、正式に病名がついて「ああ、やっぱりそうか」という感じだった。

しばらく様子を見るらしいが、母も70代と高齢なのでこまめに様子を見に実家に帰ろうと思う。

 

父の話を少ししようと思う。

 

父はモラハラがひどい人で、僕と兄に対してはそれほどでもなかったが、長女である姉に対してがかなり酷かった。第一子ということで厳しくしつけようとしたのだろう。

姉へのかなり酷い物言いをさすがに見かねた母が苦言を呈したおかげで、子が増えるにつれてその態度は軟化した。

だが、姉とは現在もほぼ絶縁状態にある。

身から出た錆が、こう言う形で晩年に巡るのだな、と感じている。

僕にとっては良い親父と言えるかは微妙なところだが、別に酷い父でもなく、一般的な家庭にいる一般的な父親だった。

 

子どものころ、我が家はかなりの額の借金があった。

だがそれでも兄弟三人とも大学を卒業し、そこまで貧しさを感じることなく生活できたのは母の手腕が大きい。

父はと言えば自営業と称して毎日PCでフリーセルやソリティアをしていた。

つまりそれって現在の僕とあんまり変わらないってことだ。

子は親に似るのだなと思う。

 

話を戻す。

 

そんな家庭ではあったが、僕の中にはそれなりに充実した家族イベントの記憶がある。

年始になれば近所に住んでいた祖母の家に親族が集まったし、家族で初詣にも行った。

たまにファミレスやチャリで10分の距離にある天下一品にも食べに行き、その度に特別な気がして妙にうれしかったことを覚えている。

幼少期によく食べていた天下一品のあっさり味はいまでも好きだ。

そんな感じで貧しかったけどあまり貧しさを感じなかったのは、貧しいながらでも両親が色々子供を楽しませようとしてくれたからかもしれない。

 

父はスポーツマンだ。

毎朝散歩に行くし、今も行っている。

筋トレもよくやっていて、太っていたが運動はできる人だった。

小学生のころ、よく父親にプロレス技をかけられて泣かされたのを覚えている。

力では全然勝てなくて、この人にはもう勝てないんだろうな、なんて思わされた。

 

だけど今の父はヨボヨボで、筋トレも全くできない。

80歳だから仕方ないし、生活最低限のことは自分でできるので良いのかもしれないけれど、毎日使っていたPCも電源が落とせなくなったし、趣味だった写真印刷も自分ではできなくなった。

この間帰省したらすっかりやせ細っていて、姉の名前を叔母(父の妹)の名前で呼んだりしていた。

元々しっかりした人だったから僕が帰ると外向けの顔をする。

最初は全然変わりなく元気に見えるのだが、慣れてくると徐々にほころびが出てくる。

色々と記憶の欠落が出たり、言葉が出てこなかったりする。

その姿をみて「ああ、親父も年取ったんだな」と当たり前のことを感じた。

人が徐々に弱っていく姿を見るのは何だか心に来るものがあって、ひどくショックを受けたことを覚えている。

 

「これが今生の別れかもしれへんで」

 

最近帰省する度に父に言われる言葉だ。

老い先長くはないのでそう言いたくなるのも分からないではないが、言われる子供としては複雑な気持ちになる。

人はあっという間に死ぬし、僕は東京にきて友人を二人亡くしている。

本当に簡単に人は死ぬ。

いることが当たり前だとは思えなくなった。

 

僕が東京に上京したのは、ライター職をやってみたいというのもあったが、年老いていく両親が恐くて東京に逃げてきた部分もあった。

だから何年も仕事にかまけて、親の連絡も適当に流していた。

でも数年ぶりに帰省したら元気だった親がヨボヨボになっていた。

何やってたんだろう自分、とそこで初めて思った。

先のことはまだ考えていないけど、今は地元に戻るのも視野に入れないとだめだなと考えている。

 

親父はいつか僕のことも忘れてしまうのかもしれない。

まぁ、今はそうならないようになるべく会っておきたいと思う。

原稿

やら何やらかんやらやっていたら月日が過ぎていく。

時の流れは早いものだなぁと思った。

ブログくらい書けそうなものだが、そうまでしてそもそも書きたいこともない。

しかしながら全く更新しないとそれはそれでどうなのだろうと思い、たまに思い出したように更新する。

無情。