日常と虚構のワルツ

嘘時々ホント

風邪を

ひいた。

風邪と言うのは、いわゆる頭がくらくらして咳が出るやつだ。
朝起きると喉が痛くて、頭がくらくらして咳が出るやつだ。
寂しさが増して、彼女がくらくらして手が出るやつだ。なんだそれは。

僕はチゲ鍋を食べていた。

チゲ鍋は体が温まる。
寒い夜には最適だったし、風邪の日の特効薬になるかは科学的に一切解明されていないと思うが、そんな気もしないではなかった。

チゲ鍋とは韓国で生まれた伝統料理だ、とここまで書いたが一切調べずに書いているので「本当は朝鮮で生まれた料理がどうやらこうやら」とかそんな意見や注釈は一切受け付けない。絶対にだ。

とにかく、僕はその|赤き太陽の光り落つる《チゲ》鍋を食べていた。
チゲ鍋を食べていると、彼女の事を思い出す。


僕が付き合っていた彼女、リンの事だ。


リンは現代社会に珍しく、ツインテールの女子だった。
僕とは2個下、ないし3個下くらいであり、髪の毛は黒で、いつもサンタみたいな格好をしていた。
負けず嫌いであり、はきはき話し、そして笑顔が素敵な女性だった。

リンは毎年クリスマスの時期に僕の家にやってくる不思議な女性だった。
そして彼女はいつもどこからか「メリークリスマス!」と12月20日くらいにプレゼントを渡してくるのだ。中身は大概ゴミで、僕は彼女が帰った後よく捨てていた。
粗大ゴミ扱いになるのが厄介だった。

僕達が始めて結ばれたのは、いつだっただろうか。
全く思い出せない。
よくよく考えれば僕達は付き合うという明確な盟約を交わしていない。
何故なら愛の告白すらした事がないからだ。
もしかしたら付き合っていなかったのかもしれない。

不意に僕の心に不安が満ちる。
僕はもしかして勘違いをしていたのだろうか。
ずっと「君って彼女居るの?」って友達や先輩に尋ねられてドヤ顔で「居ますよ」と答えていた自分がなんだか恥ずかしくなった。

男とはいつもそうだ。
いつも勘違いしてしまう。

ちょっと女の子が楽しそうに話しかけてきたら「あ、この女、俺のこと好きなんだ」とか思っちゃう。
ちょっと意中の子と目が合うと「もう両想いやん」とか思ってしまう。

それがどれだけ勘違いであるとわかっていたとしても。
心はいつも救いを求めている。
いつも心は寂しさで満ち溢れている。
愛されたいと言う気持ちをもっているのだ。

話が逸れた。
そう、それで何の話だったか。
リンの話か。

そんな女は知らん!

過去に一度だけ

不思議な電車に乗ったことがある。
今日はその時のことを話そうとおもう。


僕は都内にある某web会社にて社畜をしている。
webのお仕事はとても楽しくて、いつも気がついたら終電まで仕事をしているのだ。
そう、それは僕が自分自身の意思で選んだことなのだ。これはもう、そうなのである。

「ああ、今日も疲れた。いつになったら悠久の向こう側、極楽浄土に行けるのだろう。人はなぜ罪を繰り返し続ける。なぜ殺しあう」

一日の仕事を終えることなく清々しい気分で僕が残業していると、ふと時計が深夜一時を回っていることに気がついた。

終電を乗り逃している。
瞬間、それがわかった。

「そんなわけないじゃないか、これだけ働いてまだ帰れないとか普通じゃないよねえ母さん嘘だって言っておくれよ母さんあはあはは」

僕は至極冷静にそう言うと、おもむろにタイムカードを切った。
まだ終電があるかもしれない。
冷静な頭で、実に冷静にそう思ったのだ。

 

駅に到着した僕は、改札を抜けて駅のホームに立った。
不思議な事に、改札に駅員の姿はなく、まだ終電が終わっているのに改札は正常に定期を読み込んだ。
誰もいない、静寂に包まれた駅のホームに、僕だけが立っている。

今何時だろうかと携帯を見ると、時計がぐちゃぐちゃに文字化けしていた。故障だろうか、と首を傾げていると、プァンと聞き慣れた音がして電車がやってきた。
なんだ、終電、あるんじゃない。

少しだけ心の中で驚いていた。何故なら内心、僕は終電がとうに終わっていた事に気づいていたからだ。あるとは思っていなかった。でも帰りたかった。
おそらく願いが天に届いたのだろうと思った。年末年始だから特別ダイヤで運行していたのかもしれない。実に運が良い。

何も考えずに電車に乗り、席に座った。
不思議な事にその車両には僕しか乗客がいなかった。
よくよく見ると、どうやらこの電車全域に渡って自分以外誰も乗っていないようだった。

「奇跡だな」
特に疑問に思うこともなく僕は呟いた。
これだけ広々としているにも関わらず、車両の一番端の席に身を縮めて座っていた。社会性って大事だよね。

電車に揺られながら天井付近のチラシに目をやると、誰も白紙だった。斬新なチラシだ。

そうこうしているうちに、だんだんと眠たくなってきた。よくよく考えると、走行距離の割にちっとも駅に着かないわけだが、そんなことはどうでもよかった。

「母さん、俺は、もう忘れちまった。腐った、お前と、恋に、落ちた」

うつらうつらとしながら大人気バンドであるロストエイジの「手紙」を口ずさんでいると、そのうちに僕の意識は落ちた。


次に目覚めた時、世界は朝になっていた。
僕は自室の布団の中に眠っていて、カーテンの隙間から朝日が差し込んできていた。
ちゃんと寝間着に着替えていて、歯も磨いていた。ついでに糸ようじもちゃんとかけていた。

完璧だ。
完璧な状態で僕は帰宅して眠っていた。

僕は感動した。
最近の終電はすごいのだな、と思った。
それだけ。

下北沢

に行った。

下北沢にはそこらかしこによくわからない店があり、賑やかな街だと思った。
店と店の間に小道があり、そこはまるで異世界につながっているようだった。

僕はこの街に、セッションをしに来ていた。

セッション。そう、楽器と楽器でやるアレだ。決して下用語の暗喩ではない。それはもう、そうなのである。

僕は生まれた時から楽器が趣味だった。もうかれこれ楽器歴は10年くらいだ。生まれた時からちゃうやん。

母親から生まれた時、「どうしてお父さんとお母さんを選んでくれたんだい?」などと言う感じに、父が生まれたての僕に尋ねたところ「音楽性が一致していたから」と言っていたそうだ。
ちなみに2018年現在、母と音楽性は一致していない。

 

下北沢の道を歩く。
次の道を右に曲がれば目当てのスタジオのはずだ。
しかし角を曲がった時、僕は足を止めた。

そこにあるのは一面の砂漠だった。

地平線の彼方まで見渡せるほど、綺麗な砂漠と青空が広がっていたのだ。
ここは下北沢のはずだ。元来た道はちゃんと下北沢してる。では何が起こった?
僕が困惑していると「ちょっとちょっと困るよ!お客さん!」と工事現場の服を着たリザードマンに声をかけられた。

 

「いま工事してんだから、入ったらダメだよ!」
「ここ下北沢ですよね」
「当たり前でしょうが!」
「工事しすぎじゃない?」
「知ってんでしょ。下北沢がずっと工事してんの。こんなに広けりゃ終わるはず無いでしょうが」
「僕が五年前に旅行で来た時も工事してましたもんね」
「いまちょっとずつ下北沢再建してっから、待ちなさいよ。この砂漠ももう少ししたら下北沢になるから」
「なるほど」

 

下北沢でずっと行われていたのは下北沢という街の再建工事だったのか。
さっきの規模を見ると下北沢どころじゃ無いレベルで砂漠だったが、気のせいということにしておこう。

ふとスマホが鳴り、見ると本日セッションする予定だった人たちからラインが来ていた。
すでにスタジオに到着していて、B1スタジオにはいっているらしかった。

なるほど。
スタジオはどこだ。