日常と虚構のワルツ

嘘時々ホント

バームクーヘン

が好きだ。
だいたいいつも体に身につけている。

「もし、そこのお方」

老婆が何やら言っている。
しかしまさか自分に話しかけるはずもないだろう。
会社でも誰にも話しかけられないのに。

「もし、そこのお兄さん」

僕は辺りを見回した。
しかしそこにはおよそお兄さんと呼ばる年代の人はいなかった。
いるのはせいぜいおじいさんか、五、六十代のおじさんばかりだ。
と言うことは統計学的に考えてここで老婆が言う「お兄さん」とは僕であることになる。

「なん」ですかと答えようとしてふと僕は言葉を飲み込んだ。

まてよ。相手は老婆だ。
見た目はどう見ても齢八十。
と言うことは必然的にお兄さんの範疇には五、六十のおじさんも入るのではあるまいか。

危なかった。
もう少しで「あいつ自分が三十なのにまだお兄さんだと思ってやがる」などと笑い者になるところだった。
内心冷や汗をかいていると袖を引っ張られる。

「いや、あんたですよ」
「私でしたか」
「その手にはめてる綺麗なブレスレット、何か気になってねえ」
「バームクーヘンです」
「は?」
「これは、バームクーヘンです。日本で言うところのね」
「なんでバームクーヘンを手にはめてるんですか」
「好きだからですよ。文句ございますか」
「文句はないけどねえ……おかしいでしょ」
「何がですか」
「何がって、バームクーヘン手にはめてるの」

なんだって?

「バームクーヘンを腕輪としてハメることの何がおかしいのです!」
「バームクーヘンを腕輪としてはめること自体がおかしいでしょ」
「じゃああなたは、僕がおかしいって言うんですか」
「はい」

老婆の真摯な目を見て、僕は困惑した。
僕は異常者なのか?
そう思い、バームクーヘンを食べてみる。
美味しい!