日常と虚構のワルツ

嘘時々ホント

たまに

私ゃ何やってんだろと思わない事もない。

気がつけば日々は早く過ぎ、僕がこの街に来て随分経った。

故郷である京都にいたときよりもアグレッシブに行動し、

年々年老いているのを感じつつも年々若がっている気さえしないでもない。

 

今年は執筆と音楽を頑張ろうと思う。

どっちも10年以上やってきたけど、未だに芽らしい芽は出ていない。

 

どちらかというと多趣味なほうだが、

本当は一つに絞ったほうがその才能を開花できるのだと言われた。

その方が君には向いているのだと。

 

何となくやりたい事をやり続けて、ここまできた。

いままで焦点を絞る事に抵抗はあった。

でも、今年は何となく「やるぞっ!」と言う気持ちが強い。

 

自分が生きてきて31年になる。

いままでここまでちゃんと「やるぞっ!」と思ったことはなかった。

仕事頑張りすぎて残業しまくって色々気力が落ち込んでいたせいかもしれない。

 

全然動こうとしなかった自分が、ようやく今年動き出せた気がする。

この「やるぞっ!」を今年はトコトン育てたいなぁと思う。

 

春の日差しがあったかい。

女物の下着を

はいていると、不意にチャイムが鳴り響いた。

 

「はいはい、どちら様でしょう?」

「宅急便です……ってうわ!」

 

ドアを開けると、配送業者の兄ちゃんは悲鳴を上げた。

 

「何でそんな格好しているんですか!?」

「格好?」

 

僕はふと自分の姿を見て我にかえる。

僕は女性者の下着姿で、人前に姿を出していたのだ。

押し通そう。それしかない。

 

「すいません、人様が着ているのに下着姿なんてお恥ずかしい」

「そこじゃねーよ! 何で女物のパンツはいてんのかって聞いてるんですよ!」

「え? いくら言えといえども、全裸で歩くのは趣味じゃないですし」

「じゃなくて、そうじゃなくて! トランクスとか、ブリーフでもいいよ! そんなセクシーな下着着る必要ある!?」

「近所迷惑なんで、人様の家ででかい声出すのやめてもらっていいですか? 警察呼びますよ」

「なんでキレてんの……」

 

げんなりした顔を宅配業者の兄ちゃんはする。

そこで僕は、初めて気がついたように「ああ」と朗らかな笑みを浮かべた。

 

「びっくりしましたよね、僕、男みたいだから。実は僕、娘なんですよ」
すると兄ちゃんは「えっ?」と言う顔をした。そうなの? と言いたげに。

「ええ、この身なりなんで、よく男に間違えられるんですよ。僕、娘なんですよ。ほら、今はやってるでしょ、男の娘」

「それ男だから! 女じゃないから! そもそも男の娘って見た目が女の子みたいだからそういわれるだけだし。あんたどう見てもオッサンじゃねーか!」

「僕が……おじさん?」

 

ショックだった。

確かに僕は齢三十を超えている。

しかし見た目にはまだ大学生だという自負があった。

身なりだってきれいにしているし、髪の毛だってボサボサじゃない。

家事も同年代の独身男性に比べたら、かなり頻繁に行っている。

ゴミだって散乱していないし、洗濯物も溜まっていない。

それなのに、僕がおじさん?

 

「訂正してくれないか」

「えっ?」

「僕をオッサンと呼んだこと、訂正して欲しい」

「あ……はぁ。すいません。じゃあお兄さん」

「それでいい」

「いや、良くないよ! 俺の認識を変えたところであんたが変態である事に変わりはないよ!」

「うるさいな……。大体、君は何が望みなんだ? 僕のからだか?」

「いや、いらないけど」

 

そこで兄ちゃんは、自分が持ってきた小包の存在を思い出したらしく、それを差し出す。

「お届け物ですんで、判子を」

「判子ね、分かった」

 

僕は近くにあった判子をポンと押す。

 

「ご苦労さん」

「毎度」

 

不可思議そうに兄ちゃんは首を捻ると帰っていった。

 

玄関のドアを閉め、危なかった、と僕は思う。

もう少しで僕が女物の下着をはいている事がばれるところだった。

以降はこんな事のないように、トランクスをはこう。

実家の京都

に帰った。
実家に帰るのは実に九ヶ月ぶりくらいだった。

年始以降、一回も実家には帰っていなかった。
だから両親に顔を見せる必要があると考えた。


両親はもう齢七十になる。
九十以上にもなる祖母を介護しながら、日々を過ごしている。
久々に実家に帰ると、祖母はすっかりと痴呆だった。
僕の名前も当然の様に忘れていた。

近所の町を歩くと、昔あった店が潰れたり、立て直されたりしていて、そこまで風景が変わったわけじゃないけれど、どこか時間の移ろいを感じた。

会社の友達と飲むと、誰々がやめたとか、誰々が結婚したとか言う話が飛び交い、そこでもまた時間の移ろいを感じた。

自分は東京でずっともがいているような気がしたけれど、こちらでは誰もがしっかりと一日一日を歩み進めている気がして、何だか置いてかれたような、そうでも無いような、複雑な心地がした。


僕は実家に帰ると、毎回先祖の墓参りをする。

両親が年明けに墓参りをしたらしく、その仏花がまだ咲く事もなく活けられていた。
僕はその花に、水をやる。
先祖に自分の近況報告などをした。

その行為に意味があるのかは分からないが、ある種自分にとっては儀式的なものだったのかもしれない。
何となく、そういうものを大切にする自分でありたいと、そう思っていた。


近所を歩いていると、夕暮れになった。

夕焼けに照らされた街並みは、何だか懐かしくて。
しかしどこか、知らない街のような気もした。

ここは果たして自分の故郷なのか、わからなくなってきた。


「やぁ」


近所のスーパーで売っていたコロッケを口にしながら街並みを眺めていると、一人の成年が話しかけてきた。

「久しぶりだね」

僕は首を傾げた。誰だっただろうか。思い出せない。
しかし、近しい年齢である事は何となく感じた。

「えっと、誰でしたっけ」
「覚えてないのか、酷いなぁ」
「すいません」
「じゃあ、あえて秘密にしておこう。この会話の中で、思い出してくれると良い」
「そうですか」

変わったやつだと思う。
そんなやつ、ますます覚えがない。
人違いの可能性もあると考えた。

「最近顔を見なかったけれど、今は何やってるのかな」
「東京で会社員やってます」
「へぇ、仕事は忙しい?」
「それなりに。そっちは今、何を?」
「実を言うとね、何もやってないんだ。プー太郎さ」

僕の年齢でプー太郎と言うのは、半分くらい人生が詰んでいる事を意味していた。
例えば二人のプー太郎が入たとして、二十代のプー太郎と三十代のプー太郎とでは、当然ながら二十代の方が重視される。
プー太郎間の競争でも負けてしまう、それくらいには社会のハードルと言うのは上がっているのだ。

「プー太郎って、なんだか優しい言葉だね」
「プーさんみたい」
「そうですね」何故敬語。
「君は故郷を見て、どう思ったかな。と言っても、そんなに年月が経っているわけじゃないだろうけれど」

僕は何気なく夕焼けを見る。
山際の向こうに、太陽が沈もうとしている。
空は夜色が満ち溢れようとしていて、夕焼けの色と美しいグラデーションを奏でている。星が少しずつ姿を見せてきていて、街並みは東京と比べ物にならないくらい暗い。

「正直、よくわからなくなりました」
「よくわからない?」
「この街は僕にとってルーツみたいなもんだったんです。色んなもんの起源で、色んなことを学んで、色んな感覚を養ってきた場所でした。でも、正直いま、この街は僕にとって良く分からない街になりました。それまであんまり感じていなかった空虚さとか、満たされなさみたいな、そう言う感覚が沸々と沸いてきて、好きな場所なんだけど、少し居てても辛い場所でもあるって言うか」
「いろんな思い出があるからね。外に出て、新しい思い出が濁流の様に入り込んで、昔の記憶が少しずつ押し出されるにつれて、消えにくい辛い思い出だけが鮮明に思い起こされるんじゃないかな」
「かもしれないっすね」

僕が言うと、彼はすっくと立ち上がり、僕の方を振り返った。
夕陽が彼と重なり、逆光となる。

「迷う事はないさ。そのまま歩けばいい。君もそう思ったから、この街を出たはずだ。色んなリスクがあった。色々失った。だから手にするまで歩き続ければ良い。君はあの日誓ったはずだ。この街を捨てようと。もう自分には必要ないと。二度と戻らないと。だから君だけの到達点を探せば良い。それが君にとっての答えだ」
「はぁ、そうですか」

彼のいう事が心に染みるには、僕は少し歳を取りすぎていた。二十台半ばくらいなら、まだ感銘を受けたかもしれない。しかし、良い事風に言われた彼の言葉には、何だか無性に薄っぺらさのようなものを感じた。

夕陽がくれる。
夜になる。

「帰ります」僕は立ち上がった。
「そう。それは残念だね。それで、僕が誰かわかったかい」
僕は静かに首を振る。すると彼は愉快そうに笑った。
「そうか、それも残念だね。僕の名前は、中村秀人。君の高校の同級生だよ」

サヨナラ……そう言う彼に背を向け、僕は歩き出す。
空を見上げながら、彼のことを思い出した。

中村秀人。
誰だよ。