日常と虚構のワルツ

嘘時々ホント

梅雨

明けももうすぐねというオカマの発言と少女がくしゃみをするのはほぼ同時だった。

何言ってんの。僕は尋ねた。あんた何言ってんの。

「梅雨明けがもうすぐだって言ってんのよ」

おかまがいうには梅雨明けの日にちをネットで検索したところ、今月の二十日ごろになると言う。

「今年も本格的な夏が始まるのね」

うっとりとした顔のオカマを見て僕はげんなりとした。暑い夏が始まるのか。

「あんたは今年も彼女がいないまま夏を迎えるのね」

以前酒の席で僕が童貞である事を知ったおかまがそう揶揄してきた。黙って欲しい。


実を言うと昨年の秋に、こんな僕でも彼女が出来た。

実際に付き合ったのは1ヵ月程度で、手を繋ぐはおろか、食事も数えるほどしか行っていない程度の関係だったので彼女と呼ぶのも憚られる存在ではあるが。

僕も彼女も結婚適齢期で、お互い口に出さずとも割と雰囲気でそういうのを意識しているのは分かっていた。

結局昔好きだった女の子を諦め切れていなかった僕がストレスを感じて別れ話を切り出した。

かなり切れられたけれど、それもしかたがないことだとは思えた。

このチャンスを逃すともう結婚できないかもしれないと考えた。

それならそれで、もういいんじゃないか。

一人で過ごすのも、暮らすのも、もう慣れてしまっていた。

不意に孤独感に胸を痛めたりすることもいつしかなくなっていた。

SNSを通して友人達と飲んだり誘われようと構って欲しいアピールをすることもなくなった。

今では情報発信の場としてしか使っていない。

僕が転職を決意したのは、人生を一人で生きる覚悟を決めたからだ。

色々な過去を払拭して新しい環境で貧乏ながらも余暇を趣味に当てて過ごそうと思っていた。


転職活動は上手く行っていた。

関西にある小さなHP作成の会社への求人が最終選考まで残ることが出来たのだ。

販売員から編集者へとキャリアチェンジする予定だった為、アルバイトや契約社員として働く事を覚悟していたがそこで内定をもらえると無事に正社員として働く事が出来る。

実際に内定が出たとしても就職するかどうかは検討しているが、自分もまだまだやれるじゃないか、そう思えたのだ。


「寂しい生き方。でも、嫌いじゃないわ」

おかまがジントニックを作りながらそう言った。

「私みたいなオカマはいつだって孤独との戦いだもの。大切な人がいてくれる奴なんてほんの少しよ。でもね、一つだけ分かっておいて。恋愛のない人生は、恋愛のある人生よりよっぽど楽で平穏だけれどね、飲み干せる幸せの量は全然違うって事。満たされる事なんて、ないんだから」

ジントニックに入れられた氷がカランと音を立てて、僕は静かに頷いた。