らしい。
クリスマスと言えばクリスマスケーキだ。
僕は甘いものが好きなので、よくクリスマスの終盤になるとクリスマスケーキの残党狩りになる。
各地のコンビニやスーパーを巡って、割引されている売れ残ったケーキを買うのだ。
クリスマスの夜になると半額になってることもあるのでお得である。
そして家に帰って一人でケーキを食べながらふと思うんだ。
僕は何をしているのだろうと。
どうしてこんな人生になってしまったのか。
なぜ38歳にもなって自営業と称した引き篭もりと化し、結婚もせずに一人でケーキを喰うような人間になってしまったのか。
どこで人生の歯車が狂ったのだろう。
おかしな話なだ、と思った。
昔の僕は違った。
昔の僕は社畜だった。
ただひたすらに働くことを美徳としていた。
残業で周囲の人間にマウントを取ることを生きがいにしていた。
ひどいな。ろくでもない。
辞めて正解だ。
人生の歯車は狂ってなどいなかった。
今の人生は正しいのだ。
だから今日もケーキの残党狩りをしよう。
夜二十二時、僕は街に繰り出す。
ケーキの残党を狩るためだ。
「ケーキ……ケーキはどこだ……」
僕は獣のようによだれを垂らしながらスーパーへ足を踏み入れる。
しかしながら決して焦ってはいけない。
何故ならこの世には残党狩り狩りという存在がいるからだ。
奴らはケーキの残党を狙ってきた人間を狩ることを生きがいとした人々で、主にスーパーと自民党の選挙演説によく出没する。
慎重に進み、スーパーのお菓子コーナーへとやってきた。
ここにはシュークリームやプリンなどが多数置かれ、ケーキも取り扱われている。
クリスマスになると特設コーナーが設けられ、そこに多数のホールケーキが並ぶのだ。
僕の狙いはこのホールケーキだった。
「あった……!」
すっかり客の減った店内で、僕はそれを見つける。
ホールケーキだ。
しかもショートケーキの。
狙い通り、半額のシールが貼られている。
「これがあれば……年を越せる」
僕がケーキに手を伸ばしたその時。
不意に横から、誰かが手を伸ばしてきた。
小さな手。
子供の手だった。
「あっ……」
そこに、小さな女の子が立っていた。
横には母親らしき女性の姿もある。
母親はモデルかと思うくらいキレイな人だった。
「すいません、この子ったら。ほら、みくちゃん。お兄さんがケーキ買うから、もう諦めなさい」
「やだやだ! みくもケーキ食べたいんだもん!」
母娘の陳腐なやり取りが繰り広げられる。
そのようなことを言ってこの僕の甘い物食べたい欲を抑えられると思うな。
舐めるなよガキが。
とは思ったが。
僕はふっと笑みを浮かべた。
口元から獣のようによだれを垂れ流したまま。
「どうぞ、僕は別のものを買いますから」
他に半額のホールケーキはない。
これが最後の一つだった。
それでも、僕は少女にケーキを譲った。
だって今日はクリスマスだから。
もう終わってしまうけれど、この人たちに幸せになってほしかったから。
ということは一切思っておらず、人見知りなので母娘のプレッシャーに負けただけだ。
僕にもう少し胆力があれば、少女からホールケーキを奪ったことだろう。
「いいの、お兄さん?」
「どうもすいません。でも、本当に良いんですか?」
「もちろんです」
母親に尋ねられ、僕はよだれを垂れ流したまま優しい笑みを浮かべる。
そう、これで良かったんだ。
この人たちの笑顔が、僕にとってのクリスマスプレゼントなのだから。
「では、僕はこれで失礼します」
踵を帰してその場を立ち去る。
すると、去り際に少女が何かを口にした。
小さな声だったが、その言葉はハッキリと僕に届く。
「チッ……もう少しだったのに」
その時、僕は見てしまった。
母娘の手に、巨大な鉈が握られているのを。
そう、母娘はケーキ残党狩り狩りだったのだ!
危なかった!
もう少しで首を狩られるところだった!
僕が人見知りじゃなかったら生きてなかった!
信じられない幸運に僕は神への感謝を捧げた。
とんでもないクリスマスプレゼントだ!
そんな訳で、今年のケーキ残党狩りは失敗した。
仕方がないので明日近所のケーキ屋さんで小さなホールケーキを買おうと思う。
手痛い出費だなと思った。
メリークリスマス。