した。
我が家はいわゆる駅近というやつで、自宅から駅までは徒歩五分ほどの距離に位置する。
今朝、いつもの様に身支度を整えふと時計を見ると電車までの時刻が残り三分を切っていた。
この電車を逃すと遅刻する確立はグッと上がる。
私は走った。
途中パンを咥えた少女が曲がり角の向こう側を全力疾走で走ってきたので馬とびをしてこれをかわした。
強盗がコンビニの前で女性を人質にとっているのをドロップキックして切り抜けた。
改札を抜けようやく駅のホームに到着するとすでに電車が到着しており、今にもドアが閉まろうとしていた。
万事休すか。汗だくのまま私は思った。
すると閉まるドアに誰かが身体を挟み込んだのだ。
それはなんと驚いた事に全然知らないおっさんだったのだ。
「坊主! ここは俺に任せて早く行け!」
おっさんは私に向かって叫んだ。
電車の扉は容赦なくおっさんを締め付ける。
「家族に、家族に愛していると伝えてくれ」
おっさんが弱々しい笑みを浮かべてこちらに微笑む。
そのとき、不意に電車のドアが開いた。
私はその隙間に、素早く身体をもぐりこませる。解放されたおっさんも続いた。
格好つけたのにオメオメと生き残ってしまいバツが悪そうな顔をするおっさんを横目に空いている席に座った。
全然知らないおっさんの家に向かい「おっさんはあなた達を愛していた」などと言うというよくわからない仕事をせずにすんだ。助かった。
会社について仕事をしたが全力疾走した反動は私の下半身を襲った。
一日足がガクガクしていた。身体の鈍りを実感した。
これは私もいよいよジムデビューかな、などと思った。
本屋大賞を受賞した『羊と鋼の森』を読み始めた。
物凄い文章の渦に引き込まれた。